気づいたこと、不思議に思うこと

普段の生活の中で、「あっ!」とか「あれ?」とか思ったことを書いていきます。読んでくださった人に少しでも響いたら、うれしいです。

少しずつ。

先日の記事、「点が線につながり、線が面に広がる」に、コメントをいただきました。ありがとうございました。

いただいたコメントには、「引き寄せられているというより、引き寄せているのでは?」と書かれていました。そうかな、とも思いつつ、だけど、私には、「引き寄せられている」の方が、しっくりきます。

自分が何かを引き寄せて、自分のところに何かが集まってくる、というよりは、
自分がいろんなところに引き寄せられて、少しずつ、いろんなところにいる、そんな感じです。

目指すイメージ、ありたい姿、なりたい自分も、これに近いような気がします。多くの人のところに、少しずつ、私がいる。そして、少しずつだけど、なくてはならない存在になっている。


そんなふうに、ありたい。

点が線につながり、線が面に広がる。

なんとなく、最近思うこと。

 

ここのところの行動が、すべて、何かに引き寄せられているような気がしてなりません。
バラバラに見えていたものが、同じ大きな括りの中にあるように見えてきて、それがだんだん近づいてふんわりくっついて、そしてこのあとぴったり嵌まる、そんな感じです。

 

ちょっと振り返ると、とにかくたくさん動いたな、と思います。必要なものかどうか、関係があるかどうかを考える前に、ピンときたものに申し込んで、行ってみる、話を聞いてみる。
もしかしたら、何かをマスターするときの「初めはとにかく量をこなす」ということに通じるのかもしれません。

 

他の人と比べたら、全然足りないかもしれません。だけど、比べる相手は他の人じゃない。いまいる自分と、そうなる前の自分を比べたら、動いた結果として得られたものは、すごく大きい。

 

さて、これからどうするか。
もう少し、これまでと同じように、いろんなことに目を向けて動いてみることは、続けていこうと思います。ただ、前と比べると、ピンとくるものが絞られてきている感じもしますね。
あわせて、ゆっくり考える時間も、意識して作るようにしよう、とも思います。

 

あとで振り返ってみたら、これまでの動き、点だったものが線になり、線になったものが面になる。
そうなっていることを信じて。

哲学の世界に

ついに、この世界に足を踏み入れてみようと思います。
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 まだ、パラパラとめくった程度ですが、その中で、今日、ピンときたのは次のフレーズでした。

「あなたが見ている『世界』は、あなた特有の価値で切り出された『世界』であり、その『世界』に存在するものはすべて、あなた特有の価値で切り出された存在である」

「存在とは存在に『価値』を見いだす存在がいて、はじめて存在する」

 

最近、いろんなことを考え、いろんなものが繋がっている感じがしています。

これも、さらにまた何かが繋がっている感じがします!

北朝鮮のミサイル発射実験

北朝鮮が、またミサイルを発射し、そのミサイルが日本海排他的経済水域に落ちた、というニュースがありました。
いやな気持ちになりつつ、「排他的経済水域とは?」と疑問に思い、調べてみました。

排他的経済水域とは?

外務省のウェブサイトに「KIDS外務省」というページがあり、その中の「みんなの質問」というコーナーで、「ちょっと知りたい言葉の意味」として、排他的経済水域の意味が説明されていました。

排他的経済水域とは、漁業をしたり、石油などの天然資源を掘ったり、科学的な調査を行ったりという活動を、他の国に邪魔されずに自由に行うことができる水域です。海に面している国は、決められた幅(約370Km)を超えない範囲で、自分の海(領海)と、みんなの海(公海)との間に排他的経済水域を設定することができます。海に面している国は、これらの活動を行うほかは、排他的経済水域を独り占めしてはならないことになっています。たとえば、他の国が通ったり、飛行機が上空を飛んだり、他の国が海底にパイプラインを作ったりすることを禁止することはできません。

日本の反応

北朝鮮がミサイルを発射し、日本の排他的経済水域に落ちたことについて、安倍総理は次のように発表しています。

北朝鮮が国際社会の度重なる警告を無視して挑発を続けていることは、断じて許すことはできません。北朝鮮に対して厳重に抗議いたしました。先のG7で合意したとおり、北朝鮮の問題は国際社会の最優先事項です。北朝鮮を抑止するため、米国とともに具体的な行動をとっていきます。また、韓国を始め国際社会と連携しながら高度な警戒態勢を維持し、国民の安全を確保していくために万全を期してまいります。」(首相官邸ホームページ)

まとめ

このところ、続けて行われている北朝鮮のミサイル発射実験。大変な脅威です。大変な脅威なのですが、こうしてミサイル発射実験が続くと「またか」という気持ちになりがちです。そうならずに、また「誰かがなんとかしてくれる」という考えにもならずに、どうするべきか、みんなが考えないといけません。
ちなみに、海に落ちたミサイルは、そのまま海の底に沈むのではなく、回収して再利用される、という話を聞きました。経済的な理由だと思いますが、この点は結果として環境に配慮したことにもなるのかな、と思いました。

「2030年展望と改革 タスクフォース報告書」なかなかイイことを言っている

2030年。

それまでの間に、日本で、世界で、どのような変化が起きているか?

そのとき、日本は、どうなっていたいか?

そのために、なにをするか?なにができるか?

そんなレポートが、政府から出されていました。発表したのは、経済財政諮問会議内閣総理大臣が議長で、財務大臣など関係大臣のほか、大学の教授や民間企業の社長などがメンバーになっている機関です。

先日、このレポートをもとにした公開シンポジウムが開催されていたので、聞きに行ってきました。

レポートの内容は

レポートのタイトルは「2030年展望と改革 タスクフォース報告書」。平成29年1月25日に公表されています。

2030年展望と改革タスクフォース 会議情報等一覧 : 経済財政諮問会議 - 内閣府

レポートの内容は、ものすごくざっくりといえば、冒頭の問いかけに対して、変化を予想し、なりたい姿を描いて、なすべきことを考えた、というもの。本文では、このレポートについて、次のように書かれています。

デフレ脱却・経済再生の先にある2030年の経済社会として目指すべき姿を描き、そこからバックキャストして、その実現に向けて何が必要か検討し、進めるべき改革の方向性や内容について提言する。 (本文p.1)

そして、予想される世界経済や日本経済の変化、そのときに目指すべき姿、そのために必要なことが、具体的に書かれています。

思ったこと

将来の姿、こうなりたい、こうありたい、それを描く。そのために、いまある状態を客観的にとらえ、将来の姿と今の姿とのギャップを明らかにする。そして、そのギャップをどうやって埋めていくかを考え、実行していく。この「バックキャスト」という考え方、やり方は、以前、私が参加した転職のための勉強会「知命塾」で知りました。それ以来、このやり方を参考にしています。

それから、このレポートで、いいなと思ったことが、ふたつありました。ひとつは、目指すべき姿の具体的なイメージ、なすべきこととして具体的なプロジェクト、が描かれていることです。抽象的なことだけでなく、例えばこんなことが、と想像できるような例が書かれています。

もう一つは、いろんなデータを集めて分析していること。もちろん、データによってあらわされるものは、見方によって反応が違ってきます。このデータを使って、その結果を使って、このレポートではこう言っているけれど、こういう見方もあるんじゃないか?とか、このデータは自分の仕事にも使える!とか、利用できるのではないかと思います。

まとめ

このレポートで、もう一か所、引用したいところがありました。

将来を悲観しつつも現状に満足している国に豊かな未来は訪れない。悲観的なシナリオを打破するためには、まずは誰もが様々な課題を「自分の͡コト」と捉えることが第一歩となる。…誰もが「自分のコト」として考えることができる素地を作るためにも、我々が報告書で示したように、将来の経済社会の姿を描き、そこからバックキャストして今から取り組むべき課題やその解決の方向を提示していくことが羅針盤になる。(本文p.28)

課題を、自分のこととして考えること。自分自身の課題、勤めている会社の課題、住んでいる地域の課題。「地域」には、世界から見た「日本という地域」も含まれます。

そして、このレポートを含め、次に考えることは、「では、どうしたらみんなが自分のコトとして考えるようになるか?」だと思います。なかなかイイことを言っているのですが、テーマが大きいのと、文章がカタいのとで、どうしてもとっつきにくいです。とっつきやすくするためにどうするか?これもバックキャストで考えてみてはどうでしょうか。

 

「リテラシー」の意味と、あわせて使われるもの

いままであまり聞かなかったけれど、最近になって、よく耳にするようになったことばのひとつに「リテラシー」があります。しばらく前から聞こえてきていたけれど、あまり気にしていなかった、という方が正確かもしれません。

この「リテラシー」ということばは、お金のリテラシー情報リテラシーというように、ほかのことばの後ろにくっついて使われます。多くの場合、「○○リテラシーが足りない」「○○リテラシーが低い」と、どちらかといえばネガティブな意味で使われているように思います。

リテラシーって、どういう意味でしょう?なんとなく、わかるような、わからないような…

リテラシーの意味は

リテラシーは、もとは英語で、 literacy と綴られます。意味は、「読み書きの(識字)能力、(特定の分野の)技能、知識、能力」です。

https://eow.alc.co.jp/search?q=literacy

英語では letter = 文字、から派生したものだそうです。

日本語として使われるようになったとき、初めのころは、読解記述力、つまり読み書きの能力のことを指していたようです。いまでは少し意味が広がっていて、物事を適切に理解し、分析して、それをあらためて人に伝えられる力、を指すようですね。

リテラシー - Wikipedia

ほかにもいろんなリテラシーがありました。ITリテラシーコンピュータリテラシーメディアリテラシー。精神リテラシーというのもありました。こうなると少し意味がわからなくなってきます😣。

会話などで出てくるときには、「一般的な基礎知識」の意味で使われることも多いように感じます。

「○○リテラシー」の「○○」

このように、リテラシーとは「適切に理解、分析して、人に伝えること」をいいます。そういう意味で「リテラシー」が使われるとき、「○○リテラシー」としてあわせて使われる「○○」はなんだろうか、なぜその「○○」にリテラシーがくっつくのだろう、と疑問に思いました。

例にあげたような、「お金のリテラシー」や「情報リテラシー」などは、「基本的なことはある程度知っておいた方がいいこと、知っておけば困ったことになりにくいこと」として、お金とか情報をとらえているのだと思います。

お金について基本的なことを知っておけば、詐欺にあって騙されたりしない、情報について基本的なことを知っておけば、鵜呑みにしないで本当に欲しいものにたどり着ける、とか。

そう考えると、「○○リテラシー」と使われる「○○」のことは、ある程度知っておいた方がいいことと思うので、難しいとすぐあきらめないで、少しずつでも、身につけたらいいと思うのです。小学校や中学校で教えることがらなのかもしれません。

まとめ

リテラシーということばは、基礎的な読み書きの能力という意味から、現在では、適切な分析と記述能力までも含んだ意味で使われているようです。

そして、リテラシーとあわせて使われることばの意味を、基本的なことがらは知っておく、そのためには学校で子どもたちに教えることも必要、そんなことを思いました。

また、それを「リテラシー」と一言だけでいうと、使いやすい反面、場合によっては相手に誤解を与えてしまうことがあるかも知れません。そんなときには、もう少しことばを足して、思っていることをしっかり伝えられるといいですね。それができると、リテラシーが向上します(笑)

もう一つのブログhttp://bitcointax.hatenablog.comで、お金のリテラシーにもつながるように、仮想通貨、税金、その他のお金に関連する記事を書いています。よかったらそちらも覗いてみてください!

こんなときは、電子書籍よりも紙の本がいいなぁ

本を読むのが好きで、ビジネス書を中心に、いろんな本を読んでいます。また、本を読むのに加えて、本屋さんに行くのも好きで、よく近くの本屋さんに立ち寄ります。

本屋さんに立ち寄り、本の平積みの様子や棚に並んでいる様子を見て、売れ筋の本を眺めたり、キャッチーなタイトルをチェックしたりします。

そういうのが好きなので、少し前まで、電子書籍は使っていませんでした。やっぱり、現物を見て、紙を触って、じゃないと、おもしろくないよなぁ、と。

でも、実際に電子書籍を買って、使ってみると、「これは便利!」と思いました。 

tetsuji2016.hatenablog.com

何冊でも持ち歩けるし、重くない、嵩張らない。ことばを検索できる。これはいい、便利なことだらけ!と思っていました。

ですが、ふと、「こんなときは電子書籍よりも紙の本の方がいいなぁ」と思うことがありました。

紙の本のいいところ

ある日、本屋さんに入り、気になる本を見つけたときのこと。ちょっと気になる本を見つけ、手にとって、パラパラめくってみました。けっこう面白くて、「これいいな~、買おうかな~」と。

その場でその本屋さんで買うか、本屋さんを出た後に電子書籍で買うか、どうしようかなぁと迷いました。その次に「あれ?電子書籍だと、誰かと話をしているときに『それ、ここに書いてあるよ』と言ってその場で見せたりすることができないな」と思いました。

そうなんですよね、紙の本だと、同じ空間でひとつのものを見たり、貸して感想を共有したりできるのに、電子書籍だとそれができない。本の楽しみ方は、ただ読むだけではないのに、電子書籍だと、「その他の楽しみ方」ができないのです。

便利になると、何かを失っている

AI が会議の議事録をうまい具合に作ってくれるようになって、仕事の効率が上がる、だけど失っているものもある、そんな記事を前に書きました。

tetsuji2016.hatenablog.com

便利になることを否定しませんし、それこそが社会が発展していく原動力のひとつだと思います。

一方で、何かを失っていることも認識しておくと、便利さだけに流されることなく、「いま、自分に必要なものは何か?自分は何を選ぶべきか?」判断できるのだと思います。

まとめ

 電子書籍は、とっても軽くて便利です。紙の本は、質感を味わい、誰かと共有するのが簡単。それぞれのいいところを利用することで、便利さと、なくさない方がいいものと、両方手に入れちゃいましょう!